高校不登校

【高校不登校】「高校をやめたい」【母との会話】

私は高校2年生の1学期に不登校になりました。

両親はとても思い悩んだと思いますが、高校を休むことを受け入れてくれました。

カウンセリングを受け、両親と話し合いを重ね、高校をやめる方向になってからも本当に「やめる」まではそれなりに時間を要しました。

そのころの話です。

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母との会話から逃げていました

カウンセリングを受ける前、私は母との会話から逃げていました。

我が家は、父が優しく、叱る役目は大方母が担っていたのです。

「高校にはもう行けないから、やめたい」けれど、それが正しいとか思っているわけではなく、正直不安。

でも「行けない。やめたい」

そんなナヨナヨした自分でも正しいとは思えない主張を母にするのが、怖かったのです。

私が不登校になったことで、母が祖母から責められているのも知っていました。きっと、それ以外でも心苦しい思いをしているはず。祖母だって、私が不登校なばかりに本当は言いたくないことを口にしている…。

私のせいで家族にしんどい思いをさせている。しっかりしなければ…。学校に行くなんて皆普通にやってる、当たり前のことじゃん。何で私行けなくなっちゃったんだろう…。

「学校へ行かなきゃ、でも行けない」

そんな堂々巡りのなかで、これを脱するにはもういなくなるしかないんじゃないかな、と自滅的な考えにも簡単に陥りました。

何でか自分でもよく分からないけど、自傷行為がやめられないときもありました。

17歳にもなってバカみたいですが、母が仕事から帰宅してきたとき、クローゼットの中に隠れていたこともありました。

カウンセリングが契機に

カウンセリング2か所目で、医師から促されて本心をポツポツと口に出すことができました。

医師からの

正しい、正しくないは関係なくあなたは今後どうしたいのかあなた自身で決めなさい

「本当はもう戻りたくないのに無理に学校に行って、病んでボロボロの精神状態で卒業証書を手にするの?心と体が元気なら、何でもできるよという言葉が大きかったです。

「これは誰のせいでもない、自分の問題だ」「学校をやめるにしても、自分でそれを選ぶのだ」と、はっきり認識できました。(はっきりしたイジメ等が原因ではなかった私の場合です)

母とオーケストラを聴きに行きました

私は子どもの頃から懸賞好きで、不登校のときも、新聞を見て懸賞ハガキを出してました。

カウンセリングを受けた後、まだ高校をやめることが本決まりしていない、ある日のこと。(9月に入り、高校は新学期が始まってました)

懸賞でオーケストラの割引券が当たり、母と演奏を聴きに行きました。(京王新線「初台駅」東口から徒歩1分の東京オペラシティコンサートホールです)

何の曲目だったとかは、すっかり記憶にないんですが、ものすごい重厚な音楽に包まれて、演奏会の間は、自分が今不登校であることも忘れて、別世界に浸ることができました。

生きていたら、まだまだ知らない世界がたくさんあるかもしれないと思いました。

その後、そのビルの高層階(50数階)で母と食事しながら、話しました。久しぶりにお互い少し笑ったような気もします。

それからも家で、時に母も私も泣きながら、話しました。

高校を本当にやめたのは、9月の終わり頃だったでしょうか。

高校をやめることを許してくれた家族と、自分で決断することを促してくれた医師に、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

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